Profile

金子素直(かねこ もとなお)。奈良県出身。1988年(S.63)生まれ。20歳の頃、写真に目覚める。以来、独学で写真を撮り続ける。好きな場所:富士山、屋久島、東北、上高地、水の綺麗な場所。好きな被写体:空、森、水、東北の景色・お祭り。2017年以降、急速に東北に惹かれている。東北の歴史を表にすることが、人生のひとつのテーマ。

はじめまして、金子素直と申します。ご覧いただきありがとうございます。 私のことを全く知らずに、このホームページにたどり着いてくださる方がいらっしゃいます。アクセス履歴を見る限り、おそらく、東北のことに何らかのきっかけで興味を持った方だと思います。

会津藩、アテルイ、奥州藤原氏、等々の東北の歴史。不思議なことに東北のことを強く発信している人が、今の日本にはほとんどいないように感じます。私がこのブログに東北のことを書き始めてまだ2年ほどしか立ちませんが「エミシ」等の特定のキーワードでGoogel検索のほぼ上位に出てくるようになりました。

東北のことを誰も発信しないのなら、私が発信する。自分でも不思議なくらいに、東北に強く惹かれます。調べれば調べるほど、訪れれば訪れるほど、強く強く惹かれていく。私が持って生まれた、写真や文章で表現する力。きっとそれは、東北を発信するためにある。そんな風にも感じています。

東北を発信し続けることにどれほどの意味があるのか、今はまだ分からない。しかし、きっと何か大きな意味があると思う。人生の一つのテーマとしてしばらく追いかけてみたいと思います。東北に関して書きたいこと、発信したいことはたくさんあるので、これからも少しずつ発信していきたいと思います。

もし、東北の記事を読んで何か感じるものがあれば、私宛にメッセージいただけると非常に嬉しいです。Facebookで私の名前を検索すれば出てきます。とても励みになるので、良ければお気軽にメッセージください。よろしくお願い致します。

金子 素直

■写真のこと

見てくれた人の力になれるような写真が撮りたいと思っております。私が写真を始めたきっかけは、ある一人の人との出会いでした。

当時、大学三年生。まだ一眼レフを持っていない頃の話。私は夏休みを利用して長野、上高地のペンションにバイトしに行きました。働きながら昼の休憩時間にコンパクトカメラで写真を撮っていました。自分では特に気にすることもなく撮っていた写真。

その写真をたまたまペンションに一緒の期間に働きに来ていた一人の人に見せたらもの凄く喜んでくれました。こちらがびっくりするくらいに気に入ってくれました。その時私は、“もしかしたら自分の中には写真の力があるのかもしれない”と気づきました。

そして翌年の夏休み、私は富士山の頂上でのバイトが決まって、オリンパスの中古の一眼レフを買いました。どうやって撮るのかも、操作するのかも分からない。でも、富士山頂で一ヶ月過ごすのだから、ちゃんとしたカメラが必要だとその時の私は思いました。

待ちに待った一ヶ月間の富士山頂生活。圧倒的な光景が目の前にありました。言葉にならないくらいに美しい世界。自然と笑みがこぼれるような景色。見とれてしまうような空の色。見渡す限り、空と雲と太陽しかない世界。まるでラピュタの世界に迷い込んだかのようでした。

私は夢中でシャッターを切っていました。設定の仕方も分からないまま、シャッタースピードも理解しないまま、とにかく撮っていました。今見返してみると、ぶれている写真や明るすぎる写真などもたくさんあります。それでも、いい写真もたくさん撮れました。

今でも私の一番のお気に入りの写真はその時に撮った夕焼けの写真です。一か月間富士山頂で写真を撮ってみて、私の中にあった写真に対する漠然とした自信は確信に変わりました。私は写真が撮れる。そう、強く確信しました。

以来、約10年の歳月が経ちました。私が写真に対して抱く想いは変わりません。私は写真を撮ることが好きです。そして、それ以上に私の写真を見て喜んでくれている人を見るのが好きです。時に、私の方がビックリしてしまうくらいに、私の写真に感動してくださる方がいます。そんな人と出会った時、あぁ良かった、もう少し頑張ってみよう、という気持ちになります。

表現としての写真。私は自分のことをアーティストであると思っております。写真家であり、アーティストであり、表現者である。表現の手段として私は写真を使います。時に言葉を使うこともあります。

このホームページに載っている写真は全て私自身が訪れ、目でみた光景です。撮った写真は私だけが持っていても意味がないと思っております。私が撮った写真は私以外の人の目に触れた時、初めて意味を持ちます。もちろん、写真を撮ることは自分のためでもあります。しかし同時に人のためでもあります。

どこかの誰かが私の写真から力を得ているかもしれない。私の写真が誰かの力となれるのなら、これほど嬉しいことはありません。アートとは、誰かのためになって初めて意味を持つ。私はそう思っております。

まだまだ発信が少ないと感じているので、このホームページを通じて色々と表現していきたいと思っております。お付き合いいただければと思います。お読みいただきありがとうございました。